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留袖にまつわる母と娘の愛情のこもった体験談をご紹介する留袖レンタル物語をご紹介いたします

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私の留袖レンタル物語

第40回|私の跡は継がなかったけど、のりちゃん、愛を一杯ありがとう!

浅野 信子(仮名)さん【60歳・眼科医・大阪府】

患者さん第一の育児、でも病院のマスコットガールだった娘

 大阪に住む、60歳の現役眼科医です。
 ええ、開業医ですよ。ちなみに主人とは大学で知り合いました。でも、経済的理由から主人は大学を中退したんです。そして、サラリーマンになりました。通信販売の会社で、経理を担当していたんですが、おととし60歳で定年退職しました。
 今では医療事務の資格を取り、私と、私の仕事をサポートしてくれています。ちなみに娘は、専業主婦で子育てしたのち、眼科助手となって、今は患者さんの検眼をやってくれています。
 いわゆる家族経営と言えばそうですよね。でも、正直言うと私は、娘には眼科医となって、私の眼科医院の後を継いでほしかったんです。

 長年、地域に根ざした眼科医院です。育児も仕事もずっと両立して来ました。院内の隅にベビーベッドを置いていました。普段は子供を寝かしておいて、母乳をあげる間だけ、10分くらい診察室にこもって授乳をしていたのです。患者さんには、
「ちょっと母乳あげるから、10分ほど待っててくださいね!!」
 なんて言って。患者さんもそこは心得てくれていて、
「先生、母乳なの? えらいねえ、頑張ってね!」
 なんて、患者さんに励まされる先生、みたいな。これぞ地域に根ざした地元の病院、って改めて思いますね。もう、患者さんたちには感謝の一言では済まないくらいですね。何か贈りたいほどですよ。
 娘が大きくなるにつれ、中には机にテーブルを置いたプラスチック製のカラフルな育児用サークルをこれまた院内の片隅に置いて、クレパスと画用紙を与えて育てていました。1~3歳の時期はそうやって乗り越えましたね。

「私、お母さんみたいにしたくないねん、子供はちゃんと見たいねん」

 地域の方々に助けてもらいながら、極めて順調だった私の育児でした。
 ところが、思春期を迎え、進路を決めないといけなくなった娘に言われた言葉がこれですよ。育児が順調だなんて思っていたのは私だけだったんですね。もう、ショックでした。大学の費用も貯めてきていたので、それならいっそ、豪遊して散財しようか、なんてバカな考えが一瞬頭に浮かんだくらいです。でも、思いとどまったのは、娘の次の一言です。
「お母さんみたいに子供産んで、でも専業で育児やって、子供が学校に入ったらお母さんの病院で受付とかの仕事したいねん。その時、私のこと雇ってくれる?」
 もうね、泣きましたよ、嬉しくって。何だかんだ言いながらも、私の育児は決して間違いではなかったんだ、って思うとね。このやり取りを無言で聞いていた主人もグスン、なんて鼻を鳴らしていましたね。泣いてたんだと思いますよ。

イラストレーターになった娘……クレパス・画用紙育児が功を奏した!?

 結局娘はイラスト・デザインの専門学校に進学しました。そして、卒業後は念願のイラストレーターになったんです。幼い頃はベビーゲージの中で、私に与えられたクレパスと画用紙で、患者さんの似顔絵を描いてはプレゼントしていた娘。
 やがて、イラストレーターの彼氏を連れてきたとき、何と娘は妊娠2カ月。さすがに最初はおったまげましたが、その彼氏さんが、風貌から、しゃべり方から、主人のコピーみたいにそっくりだったんですよ! だから何なんだ、と言われればそれまでなんですけどね。
 もう、嬉しくって。この人ならやがて生まれてくる赤ちゃんのいいお父さんになるわ!って、テンション上がったくらいですからね。結婚式はおなかの目立つ前に、ということで焦りました。そして、留袖レンタルのお店に勤務している患者さんにお世話になることにしました。主人のモーニングも、そして、若い二人の貸衣装も、すべて揃っているのには驚きましたね。もう、お店に丸々お願いしました。宅配してくれて、返却も楽だったのも大きな魅力でした。もうすぐ赤ちゃんが生まれます。私も、いつの間にかおばあちゃんに。お宮参りの留袖もお世話になります。
 今、最高に幸せです。愛をありがとう!

留袖レンタル物語の目次(全47回)